未来の価値 第55話


「それで、何のためにここに来たんだ」

スザクがどうやって警備網を抜けたかは理解した。
ならば次は理由だ。

「何のため?本気で言ってるの、君?」

ようやく戻った温和な表情から一転、再び険しい表情になる。こうなることはわかっているだろうに、もう少し言い方はないのか?とC.C.はルルーシュを見たが、その表情からこれはわざとだなと悟った。だから、スザクがどんな表情になろうとも、ルルーシュは感情を揺らすことなく平然と答えた。

「当たり前だろう。俺の騎士はもう決定した。ここにいる、C.C.だ」

スザクがここを訪れる理由は、それしかない。
だから、スザクにとって決定的な言葉を告げる。
騎士と言われたC.C.は、眠いのだろう欠伸をしながら「そうだな」と答えた。皇族は騎士を持てる。その中でも専任騎士となれるのはただ一人。その座は既に埋まり、形だけの叙任式も滞りなく終了した。よほどの事がない限り、専任騎士が解任され新たな騎士を選ぶ事は無い。
いくらここでスザクが泣き叫んでも、覆すことは不可能だ。
だからこそ、事を急いだのだから。
イレギュラーを起こすスザクが何かをする前に、全てを塞いだのだ。
もう無理なのだという事はジェレミアとダールトンからも散々言われていただろう。それでも諦めきれずにここに来たスザクは、言いたい事をぐっとこらえ、一度深呼吸するとC.C.を見た。

「どうして彼女を?」
「頑丈だからな」

どんな理由だよ。馬鹿にしているんじゃないかとスザクは目を眇めた。

「僕だって、頑丈だ。君を守れるぐらいには鍛えている」
「そうだな、だからお前はユーフェミアに騎士にと望まれたんだろう」

ユーフェミアがスザクを容姿だけで選んだなら簡単だっただろう。無能ならば、能力が劣っているなら、それを理由に周りはスザクを騎士には不適格という烙印を押せたが、ラウンズに匹敵する能力を持ち、イレブンでありながら第二皇子の直属機関に所属しているスザクが無能であるはずがなく、能力は騎士として合格点、むしろ騎士に欲しい人材だった。性格も申し分なく、問題があるのはその血筋だけ。
だからこそ、こんなに面倒な話になったのだ。

「こんなやり方、間違っている。こんな手段で手に入れた地位に価値は無い」
「価値はある。俺の騎士になるよりも大きな価値が。それに気付かないのはお前だけだ。どれほどの騎士がお前をうらやんでいるか解らないのか」
「ちがう!皇族の騎士って地位が欲しいわけじゃない!僕が欲しかったのは君を護るための地位だ!君とナナリーを幸せにするための力が欲しいんだよ!」

皇族であるルルーシュを一番近くで守るための地位。
それが、専任騎士だった。
だからその地位を望んでいたのに、他の皇族の騎士なんて。
近寄るどころか、引き離されてしまった。
これでは、共に行動することも、守ることもできはしない。

「俺を護る必要はない。護るならユフィとナナリーを護ってくれ」

俺は大丈夫だというルルーシュに、そう言うと思ったよ。と、スザクは呆れたような顔をした。

「ナナリーは護るよ。でも、僕が君を守れば、君もナナリーを護れる」
「お前がいなくても、俺はナナリーを護る」
「碌に休めず、青い顔でふらふらして、幻覚まで見ているのに?僕無しでどうやって体調管理するんだよ」
「だから、こいつに代わりをさせるんだよ。どうやら張りつめた神経には人肌が効くらしいからな」

お前が傍にいて眠れたのは、きっとそう言う理由だろう。
見ると、いつの間にかC.C.は毛布の中に潜り込み、こちらに背を向ける形で横になっていた。こちらのやり取りには興味がないらしい。スザクのようにうるさく口も挟まない。ルルーシュが望むように動き、主の危機には命を呈して守る。ルルーシュにとって理想の騎士はたしかに彼女なのだろう。だけど。

「・・・眠れなかったらどうするんだよ」

僕だから、眠れたんだと言いたいが、そこは押える。
もしかしたら、彼女と床を共にするのは初めてではなく、彼女が傍にいる事で眠れた可能性もあるから。

「どうしても眠れない時には薬を使う方法もあるだろう。お前が気にする事じゃない」
「僕が気にしたらダメなの?」
「お前は、俺ではなくユーフェミアの事を考えろ」

スザクはむっとなり表情を歪めたので、ルルーシュは困ったように眉を寄せた。

「なんで僕の意思まで勝手に決めるんだよ。ナンバーズの僕が皇族である君の意思を変えることも、ユフィの意思を変えることもできないし、僕の身は、僕の自由にはならない。それは認めよう。だけど、僕が何を考えようと、何を思おうと僕の自由じゃないのか?その自由まで俺から奪うのか、ルルーシュ」
「スザク・・・」

スザクの立場を思えば、最善の方法だ。
ルルーシュの騎士になれば、茨の道を進むことになる。
ユーフェミアは優しく、人を思う事の出来る子だ。
彼女なら、優しいスザクとも気が合うだろうし、何より安定した地位にあるユーフェミアの元にいれば安泰だ。
だが、それはスザクの意思を捻じ曲げる物でしかない。
国を、名前を、自由を、矜持を奪われ、今その地位を、意思を奪われようとしている。
その思いが痛いほど伝わってくるが、ここで引くわけにはいかない。
これは好機なのだ。
スザクをこれ以上巻き込まないための、最後の。
本心を言えば、スザクをそばに置きたい。
自分が進む道をともに歩んで欲しい。
ナナリーとスザクがいれば、俺はなんでも出来る。
どんな未知でも切り開いてみせる。
だが、それを叶えてはいけない理由があるのだ。

「いまはまだ、納得できないかもしれない。だが、ユフィと共に過ごしていれば」
「僕の言った事、聞いてた!?僕が欲しいのは安定した地位じゃなくて!君を護るための場所だ!」

どうしてそれが解らないんだ。

「彼女の側にいても意味は無いんだ!いや、むしろ彼女の傍にいることで君を守れなくなる!それなら、今のままのほうがずっといい!僕はこの話、断るつもりだ!」
「スザク!」

今まで説得する側だったルルーシュは、何も危機感は持っていなかった。スザクが何を言おうと、どう思っていようと皇族の決定である以上ただの1軍人には覆すことが不可能だから、後はスザクの心の折り合いをどうつけさせるかだった。
だが、ここでイレギュラーが発生した。
イレブンであるスザクが、皇族の決定を断るなんて。
もし、スザクが断れば・・・。
ルルーシュの顔色は一変し、最悪の事態が起こる可能性を理解してくれた。
やっとかとスザクは安堵した。
これでようやくちゃんとした話が出来る。
もしこれを言ってもルルーシュの反応が変わらなければ、自分の価値はそこまでだったのだと絶望したかもしれない。でもこの反応で、彼が自分を大事に思ってくれていることは間違いないと、だからこそここで諦める訳にはいかないと、スザクもまた顔を引き締めた。

「たとえ何を言われても、どんな罰を与えられたってかまわない。逃げ場のない地位に縛られて君を守れなくなるなら」
「馬鹿が!何を考えているんだ!」

ルルーシュの怒鳴り声でC.C.は目が覚め、煩いなと二人に視線を向けたが、二人はそれに気づくことはなかった。

「それは君だ!どうしてすぐに諦めたんだ!君も今は皇族だろう!それも彼女よりも上位の皇族だ!その君が、どうしてすぐに手を引くんだ!」

どうして、僕を手放したんだ!!

「これが最善だと何度言えばわかる!」
「何の最善だよ!?俺の最善はこれじゃなかった!これは、こんなものは、お前にとって都合のいい最善だろ!」
「違う!これは!」
「違わない!何も違わない!」
「聞け、スザク!今は納得できなくても」
「・・・もういい、やめろルルーシュ。これは平行線だ」

互いの主張を曲げること無く怒鳴り合う二人に、呆れたように言ったのはC.C.だった。もぞもぞと、身体を起こすC.C.に二人の視線が集まった。そう言えばいたんだったと、その二人の顔からわかり、不愉快そうにC.C.は目を眇めた。

「何をどう言っても、結論は変わらない。ルルーシュはスザクを騎士にはしない。スザクはユーフェミアに騎士になることに納得などできない」

互いに譲ることができないのだろう?と尋ねれば、二人は暗い表情となった。

「ルルーシュが素直に僕を騎士にすればよかったんだ」
「スザク、ルルーシュはそれを望んでいない。お前のいうように、専任騎士は主従が同意した上で契約されるべきものなら、お前はルルーシュと契約は出来ない」

今、無理やりここでルルーシュを頷かせても、それはルルーシュの本位ではなく、スザクが強引に頷かせたことになる。それは、ユーフェミアが強引にスザクを手に入れたことと何が違うのだろう。それは、スザクの望む関係といえるのだろうか。

「なんで・・・僕の何がダメだっていうんだ・・・」

うつむいたスザクは、ルルーシュの腕を掴み、呟いた。その手にはC.C.が見てもわかるほど力が入っているが、スザクはおそらく気づいていないだろう。ルルーシュは表情を変えず、項垂れるスザクを見つめていた。

「お前に駄目なところなどない。問題があるのは、俺の方なんだ」

静かに言うルルーシュに声に、スザクはノロノロと顔を上げた。
C.C.が介入したことで、自分の願いをただぶつけ怒鳴り合うだけだった二人は、ようやく自分の胸の内を口にし始めたようだ。余計な口出しはせず、どのような結論を出すのか、C.C.は再び傍観者に戻ることにした。

「何度も言っているだろう。俺の立場のことは」
「聞いてるけど、そんなものどうでもいい。いや、君の地位が不安定なら尚更、僕を傍において欲しい」

懇願するようなスザクは、まるで飼い主にいい子にするから捨てないでくれと言っている子犬のように見えた。スザクにとって、7年前に別れたルルーシュとナナリーは心の支えでもあった。キョウト六家と枢木はスザクを守ってはくれず、首相の息子だからと施設に送った。スザクはそれを捨てられたと認識しているのかもしれない。だから、ルルーシュとナナリーには捨てられたくない、離れたくないと思っているのかもしれない。
善意から来る悪意とは、まさにこれだろうなとC.C.は思った。ルルーシュは善かれと思ってやっていても、受け取る側からしたら最悪の決定なのだから。これが、ルルーシュの善意だけで、スザクを幸せにしたいという思いだけで出した結論だったならルルーシュはここで折れたかもしれない。だが、残念ながらスザクを拒む別の理由がルルーシュには存在していた。だから、どうあがいてもスザクの負けなのだろうと思いながら二人のやり取りを静かに見守る。

「・・・もし、俺に何かあったら」
「ルルーシュ!」

何か、とはすなわち死だ。
スザクは眉を寄せ、その何かを回避したいんだと、ルルーシュの両手を自分の手で包み込んだ。同じ男の手だとおもえないほど繊細な手は、まるで真冬の外から帰って来たばかりのように冷え切っていた。

「・・・スザク、お前にナナリーを守って欲しい」
「うん、一緒に守ろう。僕と、君で」
「俺になにかあるということは、俺の騎士もまた俺とともにナナリーを守れない状況になるということだ」
「そうならないように頑張ろう?大丈夫、僕と君が組んでできないことなんてないから」

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